手抜きの弊害

世の中には勉強や仕事をしない人が居る。

私の知り合いにそういう人がいて、愚痴を言っていたのでここで学校を例えに私の意見を述べたい。

 

下位層に所属するということは、周りがダメなおかげで、向上心がないものでも過ごせる場所である。〔ある意味、ダメ人間が唯一存在を許される空間かもしれない。〕

努力しなくても許される世界。

 

勉強もせずに愚痴る人がいるが正直可哀想と思わない。そもそもこういう世界にいるのは本人が勉強しなかったからである。下位の世界に来たのは(今まで育った環境要因もあるにせよ)本人のそれまでの集大成なのだから、自己責任であり自業自得である。

 

上位校はある程度努力した選ばれた者しか入れないが、それは人格的に優れたもの、有能なものがたくさんいる世界である。怠惰な人間には入ることが許されない世界なので、カオスな世界にはなりにくい。

下の世界は誰でも入れる。門戸が開かれているということは一見素晴らしく思えるかもしれないが、能力や人間性に難ありの者・問題児、不良などできることなら関わりを持ちたくない人種と遭遇する可能性が大いにあるということでもある。おバカ校にも性格の良い人や素晴らしい人格者はいることはいる。しかし、その割合はどうしても減ってしまう。

まともな人間の数が少なくカオスな世界であることが多い。理屈の通じない無茶が通るぶっ飛んだ世界であり、怠惰に過ごした者が行き着くところと言える。学力と人間の質は完全に一致するとは限らないが、それなりの相関性はある。

 

そもそもまともな人なら、下位のところに行こうとは思わないし、自分のレベルにあったところに行く。下位に行くのは、行くなりの理由があるのである。下位に居心地が良いと思ってしまってる精神性に問題があるのではないか。まともな人なら違和感を感じて、逃げる。

下位層はそもそも環境が整ってないので、抜け出せないデフレ・スパイラルに陥るのである。

 

このような弊害を知って、それでも構わないのであればいいが嫌だというなら、努力して上の世界を目指すか我慢して現状の苦しい世界で耐えるかしかないと思う。

生きることは苦しみの連続ではあるが、上の世界に行けば快適な人生を歩みやすくなる。よく考えてどう生きるか考えていただければと思う。